消失の春

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 それからの事はよく思い出せません。私はただただ泣き暮らしました。立ち上がる気力すらなく、冷たい床に体を横たえて真夜中までぼんやりと空を見つめ、そのまま萎れるように眠りました。そして明け方にふと目覚めては、薄暗い部屋の中また泣くという、毎日がその繰り返しでした。  最初の一週間はそうして過ぎていきました。二週間目、ベッドで眠れるようになりました。三週間目が終わる頃、少し物を食べられるようになってきて、そうして私はやっと彼のことに思い至ったのでした。  明日彼の様子を見に行ってみよう。そう決めた晩、カオリが夢に出てきてくれました。  彼女の姿を見るなり私は泣き崩れました。寂しかったと涙ながらにすがって、何度も何度も名前を呼びました。それから、痛くはないか苦しくはないかと尋ねました。  彼女は一つ頷いてぽつりと、 ……死んじゃってごめんね  そう言いました。 ……いつか言ったこと、本当になっちゃったね  その言葉に、私は余計泣くばかりでした。 ……本当にごめんね。でも最後に、お願いがあるの ……なんでもする、なんでもするから、だから帰ってきて  子供がだだをこねるようにそう言い続ける私は、彼女がこちらに差し出した手の中にある物を見て、ヒュッと息を飲みました。忘れもしない、銀色のピルケース。彼女はごめん、ごめんと言いながら私にそれを握りこませました。 ……これを、彼に渡して  彼女の頬に涙が伝います。 ……私の四十九日までに――ごめんね、私どうしてもサクヤに会いたいの――ごめんなさい。ごめんね、ごめん――  夢の最後まで、彼女は謝り続けていました。私のトラウマになった出来事と同じ事を頼むのが心苦しかったのでしょう。自分のしゃくり上げる声で目を覚ました私は、そのまま枕に顔を押しつけてわんわん泣きました。ベッドから滑り落ちたケースが、カシャンと大きな音を立てて落ちるのを聞きました。
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