消失の春

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 カオリと共に一度だけ遊びに来た彼の部屋は、あれから何も変わっていませんでした。もっと散らかっているかと思いましたが、整頓された空間はカオリがいた頃そのままという感じで、寧ろ悲しみが増す思いでした。 ……ろくに食べてないんでしょ? 良かったらこれ。コンビニのやつだけど  私は取り出した弁当をローテーブルに乗せました。糸が切れた操り人形のように力なく座り込んだ彼は、ちらりとこちらを見ると掠れた声で礼を言いました。 ……ごめんね、こんな手土産で。今は何も作る気になれなくて ……俺も  私たちは向かい合って弁当をつつきました。お互い俯きがちに、視線を合わせませんでした。 ……何してた、最近 ……泣いてた ……俺は毎日死にたいなと思ってた  彼の口から出た死という単語に、思わず肩が揺れました。 ……だけどそうしたところでカオリには二度と会えない。そう思うと余計つらくて――  きっとあの話をすれば、彼は迷わず死を選ぶ。そう確信しました。彼女がいなくなった今、彼とこの世を繋ぐ未練の糸はもう一本もなくなってしまったのでしょう。  親友の最期の願いです。それはすなわち彼の願いでもあるのかもしれません。けれど私としては彼に死んでほしくありませんでした。恋心を抜きにしても、死を選択するのは間違いだというのが世間一般の認識です。  結局その日は何も話せないまま、彼の部屋を去りました。
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