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一週間後。彼からの電話で、私はアパートを訪れました。途中通りがかった公園には開花した大木が、空に煙った桃色を浮かび上がらせていました。
部屋の中は引っ越したばかりのように片付いていました。がらんとした空間の真ん中で、彼は穏やかに微笑んでいます。
……呼び出してごめん。最後にきちんとお別れしておこうと思って
……今日?
……うん
私はなんと言っていいのか分かりませんでした。
……夕飯、作ろうか
開きかけた口を何度も閉ざして、結局出てきたのは当たり障りのない言葉でした。
……いや、大丈夫
彼はゆっくりと首を振って、ベッドに腰掛けます。
……今までありがとう。色々迷惑かけたね
……こちらこそ
私たちはそれから、思い出話をしました。私とカオリの出会いから始まって、高校、大学――楽しかった日々を一つ一つ辿っては、笑ったり涙ぐんだりしました。座った床がひんやりと冷たくて、夕暮れの静けさが指先から染み込んでくるようでした。
ふと会話が途切れた時には、部屋はすっかり暗くなっていました。電気をつけることもせず、深海のような宵に沈んだまま私はぽつりと言いました。
……私ね、サクヤ君のことが好きだよ
少し離れたところにいる彼の表情はわかりませんでした。
……ありがとう
しばらくの静寂の後、静かな声で一言、そう返ってきました。
私は膝を抱えて声を出さずに泣きました。振られた悲しさなのか彼を繋ぎとめられなかった喪失感なのか、ただただ泣けて仕方ありませんでした。
そのまま壁にもたれて眠ってしまったようです。明け方、微かに空気が動く気配がして、微睡みから浮上しました。
……ごめんね
声が降ってきました。そのまま足音が遠のいて、バタンとドアの閉まる音が続きます。
――彼女の元へ行く彼を、私は止めることができませんでした。
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