消失の春

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 その子が得体の知れない薬を飲もうとしていたところを、丁度帰宅した母親が慌てて取りあげたために大事には至らなかったそうです。  今でもあの夜のことは忘れることができません。頭の芯がすうっと冷えて心臓が縮み上がるような、一方で浴びせられる罵声に呆然とするような、とにかく恐ろしさに体の震えが止まりませんでした。彼女の両親の怒りは当然です。息子を亡くして絶望している時に、今度は娘までもが殺されかけたのですから。それも、今まで仲良くしていた同級生の女の子に。弟さんに会えるよ、などという言葉で薬を渡した十歳の少女は、彼らの目にどんなにおぞましく映ったことでしょう。霊感があるのだという私の主張はもちろん聞き届けられることはなく、「殺人鬼の制裁」の名の下行われた壮絶ないじめと数回のカウンセリングを経て、私たち一家は誰も知り合いのいない遠くへ引っ越すことを余儀なくされたのでした。
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