残念な生き物へ

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だが、彼は決して声を掛けたりはしない。ぼぅっとしている時、あるいは読書に励んでいる時、彼女の存在に気づくと途端にきょろきょろし始める。子猫が尻尾にじゃれるように目がくるくるし始める。そしてあろうことが私を撫でることをおろそかにし始めるのだ。 なにをためらう必要があるのだろう。猫ならかわいい子がいたらすぐにすり寄って、文字通り猫撫で声でナンパするというのに。老猫となったいまではそんなことはしないものの、私だって若いころはよくやったものだ。あまりにすり寄りすぎたため、この真っ白な体に雌猫の毛が付きすぎて、自分がナニ猫かわからなくなることもあったものだ。 自分の気持ちに純粋になれないなんて、本当に残念な生き物である。 内気で愚かな友人のために、私は一策講じることにした。 ある昼下がり。友人はいつも通りふらりとこの公園にやってくると、私を膝の上に乗せ撫で始めた。彼の手に頭をすりすりすると、親指でおでこを少し強く撫でられる。これが堪らないのである。そして友人は深い青のブックカバーの本を取り出し、同じ青の栞が挟まれたページを開き、読み始める。片手で本を開きながらももう一方の手では私を撫でているのはさすがに脱帽である。 野鳥たちが羽根休めに降り立ち、再び空へ飛び立った頃、女が公園へやってきた。 彼女は澄ました顔で斜め前ベンチに座ると、薄い青のブックカバーをした本を読み始めた。  友人は男に気づいていない。 ――今だ。     
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