父と息子の湯

1/3
前へ
/14ページ
次へ

父と息子の湯

 暁光はまだ山の向こうなので、露天風呂には灰色の夜空が映っている。  夜空と言っても、もうかなり青い。 「日の出は、5時29分だって」  就職を機に、海斗は坊主頭にした。ケイに似てひょろりと青白いから、マッチ棒のようだ、と思っていたが、労働のおかげか、案外しっかりした体躯になっている。    5月の連休に、わざわざ宿を予約してくれた。  最上階の展望露天が決め手だったと、自慢げに。  若女将が、夕食時、座敷を回るような老舗旅館だ。  交通費も自分で持つと言って、結局はレンタカーだったけれど、初任給の半分は吹っ飛んだはずである。  岩に打ち込まれた竹の樋から、源泉が注がれる音がとろとろと心地よい。  昨年、胃がんの手術をした傷が、まだわずかに沁みるような気がする。傷にもいいんだろうな、と、ケイが腹を撫でていると、 「昔、お相撲さんがいたよね、温泉に」  海斗がこちらを向いて、湯の中でふわりと胡坐をかいた。 「お前、だいぶ小さかったけど、覚えてるのか」  ケイは少し驚いた。あれは、海斗が3歳くらいだったはずだ。 「すごい覚えてるよ。怖かったのに、親父が声かけるからさ。でも、お風呂でションベン、洩らせないし」     
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加