20人が本棚に入れています
本棚に追加
普段は通らないハナミズキの道に、海斗が「どこいくのー?」と不安そうに尋ねる。
「どこだろねー」
いいとこだよ、と笑ってみせると、
「ジョナサン?」
反対方向にあるファミレスの名前を挙げた。夕食づくりがどうしても億劫なときは利用している。
それこそ両腕もあがらず、自転車のハンドルがぐらつくほど、疲れている時は。
◇
たどり着いたスーパー銭湯は、大人800円、海斗は3歳だから無料。
下駄箱に、ケイの靴と、春に新調したばかりの小さなスニーカーを重ねて押し込む。
タオルは持ってきた。
ふんわりと湿気た空気の中を、清掃担当の人がきびきび通り抜けていく。
海斗がゼンマイを巻ききった人形よろしく、トコトコと駆け出すので、慌てて担ぎ上げる。
「あっ、パパ、あれ何?」
「なんでもないよ」
アイスの自動販売機を目に入れないように、追い立てた。
紺色の暖簾の向こうに、家事と無縁の聖地。
男湯が広がっている。
「ちょっと待ってて」
ネクタイをほどき、スラックスを脱ぎかけたところで、海斗が走り出す。ケイは、ワイシャツにトランクスという姿で混雑する脱衣所の中、ぐるぐる走る羽目になる。
「海斗! じっとしてて!」
ついつい声を荒げるが、大きな鏡に映るケイの目元は笑っている。
最初のコメントを投稿しよう!