シングル・ファザーの湯

2/7
前へ
/14ページ
次へ
 普段は通らないハナミズキの道に、海斗が「どこいくのー?」と不安そうに尋ねる。 「どこだろねー」  いいとこだよ、と笑ってみせると、 「ジョナサン?」  反対方向にあるファミレスの名前を挙げた。夕食づくりがどうしても億劫なときは利用している。  それこそ両腕もあがらず、自転車のハンドルがぐらつくほど、疲れている時は。    ◇  たどり着いたスーパー銭湯は、大人800円、海斗は3歳だから無料。  下駄箱に、ケイの靴と、春に新調したばかりの小さなスニーカーを重ねて押し込む。  タオルは持ってきた。  ふんわりと湿気た空気の中を、清掃担当の人がきびきび通り抜けていく。  海斗がゼンマイを巻ききった人形よろしく、トコトコと駆け出すので、慌てて担ぎ上げる。 「あっ、パパ、あれ何?」 「なんでもないよ」  アイスの自動販売機を目に入れないように、追い立てた。  紺色の暖簾の向こうに、家事と無縁の聖地。  男湯が広がっている。 「ちょっと待ってて」  ネクタイをほどき、スラックスを脱ぎかけたところで、海斗が走り出す。ケイは、ワイシャツにトランクスという姿で混雑する脱衣所の中、ぐるぐる走る羽目になる。 「海斗! じっとしてて!」  ついつい声を荒げるが、大きな鏡に映るケイの目元は笑っている。     
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加