1章

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 あの日もあの二人は喧嘩をしていた。  ちょうどあの家の前を通った時に、母親らしき女の悲痛な叫びが切れ切れに聞こえて来た。 「…何が不満だってのよ!」 「ああ、煩い! 煩い!!」  ああまたか。  そんな気持ちで、ちらりと裏口を見る。いつもあそこから、彼女が飛び出して来るはずだった。  ところが、出て来たのは彼女ではなかった。  見覚えのある短い髪…、鼻に光るピアス……トシオだ。  トシオは暗がりでもはっきりと見て取れるほど、蒼ざめていた。僕はすごく視力がいいんだ。そしてその後から、彼女が顔を出して、トシオに早く去るように急かしていた。  トシオが去った後、娘がいきなりこっちを向いた。  見つかってしまった……!  僕はあまりの事に硬直して、その場から逃げる事が出来ずにいた。  たぶん数秒だろう。僕を見たはずなのに、彼女は何も言わずにそのまま家へと入って行った。  何だかいけないものでも見てしまったような気がする。  しかしふと気が付くと、いつの間にか、あの喧嘩の声が聞こえなくなっていた。  何だか気になった僕は、家の塀によじ登り、こっそりと窓の中を覗き見た。  部屋の中は薄暗い。小さな豆電球だけが光っている。その中にはさっきの彼女。そしてその足元には、横たわる二人の人間。  彼女はそこにしゃがみ込むと、何かをしていたが、すぐに電気を消して消えた……。
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