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あの日もあの二人は喧嘩をしていた。
ちょうどあの家の前を通った時に、母親らしき女の悲痛な叫びが切れ切れに聞こえて来た。
「…何が不満だってのよ!」
「ああ、煩い! 煩い!!」
ああまたか。
そんな気持ちで、ちらりと裏口を見る。いつもあそこから、彼女が飛び出して来るはずだった。
ところが、出て来たのは彼女ではなかった。
見覚えのある短い髪…、鼻に光るピアス……トシオだ。
トシオは暗がりでもはっきりと見て取れるほど、蒼ざめていた。僕はすごく視力がいいんだ。そしてその後から、彼女が顔を出して、トシオに早く去るように急かしていた。
トシオが去った後、娘がいきなりこっちを向いた。
見つかってしまった……!
僕はあまりの事に硬直して、その場から逃げる事が出来ずにいた。
たぶん数秒だろう。僕を見たはずなのに、彼女は何も言わずにそのまま家へと入って行った。
何だかいけないものでも見てしまったような気がする。
しかしふと気が付くと、いつの間にか、あの喧嘩の声が聞こえなくなっていた。
何だか気になった僕は、家の塀によじ登り、こっそりと窓の中を覗き見た。
部屋の中は薄暗い。小さな豆電球だけが光っている。その中にはさっきの彼女。そしてその足元には、横たわる二人の人間。
彼女はそこにしゃがみ込むと、何かをしていたが、すぐに電気を消して消えた……。
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