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いざ、
ーー時は、明暦三年。
楼内からの、陽気な三味線の清掻にそそのかされて、遊郭なんてところにいるのに、なんともめでたい気分にさせられる。
「あんた、幾つだい」
張見世に好みの女郎を見つけた文蔵は、格子越しに声を掛けた。だが、思いがけずふいっとそっぽをむかれる。
「けっ、なんだい。お前さんそれで客が釣れるのか?」
「釣るんじゃぁありませんよ。旦那衆がどこの馬の骨とも知れないあばずれどもの釣り針に、おいそれと掛かりにくるんじゃありませんか」
「お」
と、眉を上げた。
「なんでぃ、喋れるんじゃねえか」
少し掠れた低い声だが、色っぽくて悪くない。
「今夜の俺は懐が温いんだぜ。どうだい、俺に旨い酒を酌んではくれねえか」
そう言って得意気に羽織りの袖を振ってみせるが、女の視線は下を向いたまま動かなかった。
客の頼みにだんまりを決め込むとは、随分と風変りな女郎がいたものだと、文蔵が感嘆ともつかぬ溜息と一緒に腕組みすると、今度は女の視線が上がった。
おや、と思いきや、視線の先は文蔵の肩を僅かにそれたところ。つられて見れば、編み笠を目深に被った男が立っていた。
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