いざ、

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しごく根本的な疑問に、ここにきてぶち当たってしまった。 ――燕爾。 手練れには違いないだろうが、気負って見せてもあれは臆病だ。弱いわけではない、鬼になりきれない鬼なのだ。 強張った肩を抱き込んだとき、この男もまた、人の温もりを知らないのだと分かった。 寂しいな――。 そんな言葉がついぞ零れてしまいそうになるほど、久方ぶりの人肌は温かかったのだ。 「一刻程、寝ちまったかな」  おっこらせ、と立ちあがった。  唸りながら背筋を伸ばす。  さてはて、どっちかな、と目を凝らしていると、静謐な境内になにやら話声が響いてきた。  文蔵は、興味を欠きたてられて足を忍ばせる。  本堂の裏手。  文蔵は、足音を消すために玉砂利のない本堂脇の通路を行って、柱に身を隠しながら聞き耳を立てた。  若い男と、年長の男の声だった。 だが、小声すぎるせいかまともに聞き取れない。  文蔵は柱の向こう、一尺先に樫木を見つけた。その木は男たちから見えるところに()っていたが、幹が地面から剥き出ているので、そこへ飛び移れば玉砂利の音は避けられる。 行ければもっときちんと話が聞こえるのだ。  ひと眠りしたおかげで酔いも醒めた。     
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