いざ、

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 ぞわり、と文蔵の神経に緊張が走る。  紋付羽織に着流し。文蔵とさして変わらぬ井出立ちだが、帯刀が二本とくれば旗本か武家か。人相は伺えないが、いずれにせよ、大男には違いなかった。今日日にしては珍しく六寸弱(一七八センチ)ある文蔵とほとんど同じかそれ以上だ。  お目当ては女か文蔵か。  何食わぬ顔をして、襟元を直すふりをしながら懐刀(ふところがたな)を探ると、見世の向こうで今しがただんまりを決め込んでいた女がすっと立ちあがった。 「――――」  立ちあがった女を見上げて、懐を探っていた手が完全に止まる。その艶やかさに目を奪われた。  こりゃまた――。  息を飲むとはこのことかと、文蔵は初めて知る。  女は思ったよりも背が高かかった。  纏った着物は、なんとも粋な白地に銀の切り箔を散りばめて、お引きの裾は鮮やかな水色ぼかしだ。前で垂れ下がるように結ばれた黒帯が貫録を見せつける。 絢爛な大行灯に照らされて、夢か現か、見とれて呆けた面の文蔵を、女は切れ長の涼し気な目許でほんの一瞬流したかと思えば、優雅な足取りで踵を返して見世から姿を消した。 はっと我に返った時には隣にいた編み笠の男もいない。     
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