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「やっぱり自首するね。武男くんのことは警察には言わないから、安心して。ね、最後に聞いてもいい?」
「何?」
「武男くん、あの日帰って来たとき手が血だらけだったよね。そんなに出血してた?」
彼女の瞳を見つめたまま、僕の脳裏は過去へと繋がる。
桐島が出て行ってすぐだった。死んでいるはずの男がうめいたのだ。
彼女の恋人は死んでなかった。後頭部に血は滲んでいたが、仮死状態に過ぎなかった。だから僕は、台所から万能包丁を取ってきて、男を殺した。
桐島に無償の愛を捧げ、彼女が暴力男から逃げ延びる手助けをしたのだ。
最後の日に桐島と別れてから、僕は具合が悪い。
夜眠れないし、変な夢を見る。記憶も曖昧で、今日の昼間警察に質問されたときも上手く答えられなかった。あの日、桐島が質問してきたとき、なんと返事をしたのか思い出せなかった。口ごもっていると、警察はまた来ますと言って帰ってしまった。
まるで桜の花びらが舞うように、記憶が天から降ってくる。
記憶は花びらのようにランダムで、乱れていて、だから何を思い出そうとしていたのか、思い出せなくなってしまう。
僕はあの時、桐島になんと返事をしたのだろう。
ようやく桜の木に辿りついた。
息が切れて仕方なかった。それにまだ誰かに尾行されているような感覚は持続していた。誰かが闇の中で僕を見張っている。だがもうどうでもよかった。桐島にもう一度会えるのなら、そんなことはどうだっていい。
桐島はここに来るはずだ。
警察が桐島を探しているのは、桐島が自首しなかったからだ。だとしたら、ここで待っていれば、桐島が来てくれるはずだった。
もしかしたら、急に僕は思った、僕を尾行していたのは桐島なのかもしれない。
いや、再び考え直した、もしかしたら、桐島は土の中に隠れているのかもしれない。
どうしてか、そんな気がした。
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