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「うん」そういう話が小説にあるのよと言って、桐島は笑った。「あたしは梶井基次郎より、坂口安吾のほうが好きだけど」
僕は「檸檬」と「不連続殺人事件」しか読んだことがなかった。しかも「檸檬」は教科書で読まされただけだ。
桐島とは高校三年間ずっと同じクラスだったが小説を読むなんて知らなかった。そう告げると、趣味が読書なのは誰にも言ったことがないのと桐島は答えた。
「どうして僕には話したんだ」
「画家だから」
「妙な答えだな。それに僕は本当の意味で画家なわけじゃない。本職はさっきも言ったように漫画家のアシスタントだ。それで食ってる。絵を描けるのは綾瀬先生の連載がないときだけさ。休みの間だけ、こっちに戻って画家になるんだ」
「それでも買ってくれる人もいるんでしょう」
「少しはね」
「じゃあ、やっぱり画家なんだよ」
桐島は髪をかきあげて僕を見た。
「好きなことをやってお金を払ってくれる人がいる。幸せよ、武男くんは」
「貧乏だけどね」
「あたしが何してたか、聞かないんだね」
「高校を卒業してすぐに、東京に行ってたって聞いたよ。芸能事務所にスカウトされたんだろ」
「プロダクションはすぐ潰れちゃったの。その後は、アダルトビデオに出てた」
一瞬、息が止まるかと思った。
「親にばれて、戻って来たのか?」
桐島は少しだけ眉を寄せ、首を振った。
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