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「親は知らない。そんなに売れなかったから戻って来たの。ねえ、本当に知らなかったの? 同級生の男の子たちはみんな知ってたのに」
「知らなかった。それに僕はアダルトビデオを見たことがないんだ}
「武男くんでも冗談言うんだね」
「いや、僕は」
「わかった、わかった」
桐島は何度か頷いて、唐突に笑顔を消した。桐島の手首に割と大きな痣があることにそのとき気づいた。
「武男くんは紳士だね」
「そうかな」
「うん、他の男の子たちは会うと、すぐやらせろって言うよ。本当にうんざりする」
僕なら絶対にそんなことは言わない。心の中で思った。君に無償の愛を捧げる。
高校三年間ずっと君のことが好きだった。桜を愛でるように、素晴らしい絵画を鑑賞するように、少し離れた場所から君をずっと見守っていた。
「ごめん。あたしそろそろ行かなきゃ」
腕時計を見ながら桐島が言った。
「彼と約束しているの。楽しかったよ、武男くん。また今度電話するね」
桐島は立ち上がると小さく手を振った。僕も立ち上がって手を振った。僕は何も知らなかった。桐島がAV女優だったことも、彼氏がいることも。漫画家のアシスタントなんてやっていると、色んなことにうとくなるものだ。
その時は、もう桐島と会うことなんてないだろうと思ってた。
彼女が電話してくるとは思ってもみなかった。
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