6人が本棚に入れています
本棚に追加
別れ
最後に桐島に会ったのは、四日前の夜だった。
再会の日と同じく、桜の下だった。
「考え直す気はないか?」
僕の言葉に、桐島は答えなかった。桐島の手首を見つめた。痣は一つもない。白い肌に静脈が浮かび上がっている。桐島と離れたくなかった。
「君は後悔すると思う」
「だけどね、武男くん」
桐島が顔を上げ、桜の根元を見つめた。
「あたし、あの日から、もうずっと後悔しているの。彼を殺した日からずっと」
あの日から桐島とは何度も会っていたが、その話題が出るのは初めてだった。僕から話をすることはなかった。桐島がその話はしないでと言ったからだ。
あの日、僕は死体を車に乗せ、桜の咲いている場所まで運び、穴を掘って埋めた。アパートに戻ったのは、夜が明けてからだった。
「何も言わないで」
部屋に入り説明しようとした僕に、桐島は悲鳴のような声を上げた。
「何も言わないで。お願い。手を洗ってきて」
「あの桜の木に埋めたよ」
「言わないでって言ってるでしょう」
桐島は両手で耳をふさぐと、泣きそうな顔で喚いた。僕は黙ったまま台所に行って、手にこびりついた土と大量の血を洗い流した。
最初のコメントを投稿しよう!