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「もう二度と、その話はしないで」
桐島の隣に座ると、彼女はそう言った。
「お願いよ、武男くん」
「わかった。二度と言わない。それでいいんだね」
うん、と子どものように桐島は頷いた。
それから、僕に抱いてくれと必死な目をして言った。
今の桐島の目は、あのときと同じような切実さをたたえていた。じっと見ていると、彼女が先に目を逸らした。
「ねえ、武男くん」足元を見つめたまま、桐島が言った。「どうしてあの時、しなかったの」
「そんなことできないよ」
「あたしのこと嫌いだった」
「そんなわけない」
「だったら、どうして。普通はするでしょう、ああいうときって」
「そうかな」
「とにかく、映画とかではそうする」
「だってこれは現実だ」
僕は思わず怒鳴った。
「それに、君は言ったじゃないか。男はやらせろしか言わないって。だから僕は思ったんだ。僕だけは君に無償の愛を捧げようって。絶対に君の身体を求めたりはしないって」
「でもあたしは」
「君の言ってることは矛盾してるよ」
僕は歩き回りながら言った。桐島と再会した日に七分咲きだった桜は、もうほとんど花びらを落し、柔らかな若葉が目立ちはじめていた。
「寝てしまったら、僕が君の手伝いをしたのは、単に、君の身体が欲しかったからってことになっちゃうじゃないか」
桐島は何も言わなかった。どれだけ待っても。
長い沈黙のあとに立ち上がると、疲れたようにため息をついた。それから僕の目を真っ直ぐに見つめた。
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