第二章 少年期【中】

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「では手を洗ってきなさい」  家の中に入って、最初に汚れた手を洗う。石けんを使って、指の間までも、丁寧に。  汚れを石けんの泡と共に水で流してタオルで手を拭いてリビングに戻る。 「ノア、ノア。ちょっと来て」  椅子に座っているお母さんが手招きをして呼んでいる。テーブルの上には見たこともない物がある。何だろう、あれは……  椅子に座って、それを挟んでお母さんの方を向く。 「チェスって知ってる?」 「ちぇす? ……聞いたことがあるような、無いような……」  どこかで聞いた覚えはある。あるのだが、思い出せない。思い出せない記憶ならその程度の記憶だとお母さんが言っていた。だから気にすることはない。お母さんに聞けばいいんだ。 「チェスは二人で行うボードゲームの一種だ。だけど、ただのゲームじゃない。人によってはスポーツ、芸術、科学とも言われ、勝つにはこれら全てを総合する能力が問われるんだ」 「難しそうですね」 「ま、歴史的に見ればね。でも、やると中々面白いよ。なんせ、世界大会まで開かれるぐらいだ。やっておいて損はないと思うよ?」 「でも、これ……どこから持って来たんですか?」 「昨日、アベルが家に来たでしょ? その時にもらったの。トランプだけじゃ飽きるだろうって言ってさ。親切にくれたんだよね~」  ニヤリと笑っているお母さん。そして、僕はその笑顔の意味を知っている。予想だけど、お母さんはアベルさんに対して何かを言ったんだろう。それと引き換えにこれを貰った、と考えられる。 「まあまあ、とりあえずやってみよう。まずは駒を並べて……」  規則正しく並べられた駒を、見様見真似で置いてみる。 「あ、そこの駒は違う。ここに置くの」  お母さんに指摘されて置く場所を変えた。僕にしてみればこの駒は全部、同じものにしか見えないのだけど……
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