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「僕は、ユキ。何もしないよ、事件とか面倒ごとは嫌いなんだ。」
「私は……サキ、です。すみません、少し緊張してしまって。」
「不快な思いはしてないよ。それに、知らない人を警戒するのは良いことだよ。女の人なら特に。」
失礼な態度を取ったと思ったのか、しゅんとしながら謝罪の言葉を述べる彼女をフォローするように返せば、緊張とやらで固まった空気が少しだけ緩んだ気がした。
「とりあえず、乾杯しよう。」
「はい。」
足元に転がしたビニール袋からもう一本、今度は自分用の缶を取り出して、彼女を見る。小さく頷いた彼女も身体ごと少しだけこちらを向いた。
プルタブを手前に引けば、プシュ。となんとも間抜けな音が響く。
「乾杯。」
「乾杯、いただきます。」
タイミングを合わせて音頭を取り、それぞれ缶を煽る。常温に近い、生ぬるいビールが喉を通って身体に染み込んでいく。それすら心地よく感じた。
半分ほど飲んだところで、缶から口を離す。ぷはーと息を吐く仕草は、我ながらおっさんくさいと思うが、彼女は嫌悪を示すどころか、クスクスと笑っていた。
「良い飲みっぷりですね、ユキさん。」
「お褒め頂き光栄です、サキさん。」
彼女の口調を真似て笑って見せれば、彼女は少しだけ驚いたような表情をして、何かを考え込むように俯いてしまった。
僕はそれに気付かないフリをして、歩道を挟んで向こう側で風に揺れる桜を眺めていた。
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