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「…ごめん。意地悪を言った。」
沈黙が長引くにつれて、空気は重さを増していく。先に音をあげたのは僕の方で、謝罪を述べれば彼女は下を向いたまま、伸びた髪を左右に揺らした。
「いえ、本当のことです。でも、どうしていいか分からなくて、」
「違うんだ。…君は帰れる、居るべき場所があるんだよ。」
小さな耳鳴りが始まった。
まるで、この言葉が合図かのように。
彼女の顔はゆっくりと上がる。その表情はとても不思議そうで、大きな瞳は、僕の言った言葉の意味を知りたいと訴えかけてくる。
「ごめんね。僕は、君のことを知っているんだ。木花 咲姫(コノハ サキ)さん。」
彼女は零れ落ちんばかりに目を見開いている。いろいろ問いたいのだろうが、まとまらないのか桃色に色付いた薄い唇は半開きだ。
それにしても耳鳴りが酷くなっている気がする。煩いからやめてくれ、頼むから。
「何も思い出す必要はないよ。不安に思う何かがあるなら、それは気にしなくていい。安心して、笑っていて大丈夫だよ。」
耳鳴りが大きくなっている。
彼女が唇を動かして何かを言っているが、もう聞こえない。答えることのできない僕は、黙って彼女に笑いかける。
何も答えない僕に怒っているのだろうか、彼女は必死に何かを伝えようとしている。今まで空いていたスペースを一気に詰めて、僕の両腕を掴んで何か言っている。
耳鳴りは最高潮。頭がグラグラしてくる、気持ち悪い。
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