ソメイヨシノは雨が嫌い

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雨の中、僕は傘を差して公園を歩く。 自宅から徒歩10分の場所にあるそこは敷地面積でいえば広い方で、遊具も充実していて平日でも割と賑わいを見せる場所なのだが、今日は人とすれ違ってすらいない。 遊具のある場所を抜け、舗道を道なりに奥へと進んでいく。 時期は4月中旬。普段なら満開の桜で覆われるそこだったが、強い雨によって花が全て地面に落ちてしまっている。 「無事、帰れたか?咲姫。」 あのベンチの前に立つ。もちろん、そこに彼女の姿はない。たとえ居たとしても、僕は彼女に気付くことは、きっとできないだろう。 夢の中でしか会えない彼女。ここの桜が満開になった日の夜にだけ、あの再会が許される。彼女の記憶を代償に。 毎年、会う度に彼女は僕のことを忘れていった。他人として再会するようになったのは、一昨年からだ。それでも、会えるだけで幸せだった。 僕は手に持っていた、まだ花の付いている桜の枝を、ベンチに置く。1週間ほど前に、この公園で開花したばかりの木から拝借して手入れをしていたものだ。 「また来年…、桜が咲いたら、会いにいくよ。」
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