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「僕でよければ」
ファミレスの店内は、雑多の匂いで、少しむせ返りそうだ。
その人は、明らかにテンパっている。
口をパクパクさせているが、その喉から声は発せられない。
「おじさん、私に見惚れてたでしょ」
彼は、今度は、ナイフを床に落とした。
ホントに分かりやすい。
慌てて拾おうとする背中に向けて、私は追い打ちをかける。
「ねえ、私ってかわいい?」
ナイフを拾って起き上がった時に、今度はテーブルの角に頭をぶつけた。
テーブルの上のコップが揺れて、少しだけそこを濡らす。
後頭部を抑えながら、やっと起き上がってきた彼は、次の言葉を探しているのか、視線が定まらない。
「あ、あの、さっきはあ、ありが、とう」
やっとの思いで言ったセリフがそれだったので、私は益々可笑しくなった。
「質問に答えてないよ、お・じ・さん」
テーブルに膝を付き、両手を組んでその上に顎を乗っけてから、彼を見つめてみる。
彼の顔がみるみる紅くなっていく。
抑えていた手で、そのまま頭を掻きながら、しどろもどろに彼は答えた。
「は、初め、て、なんです」
「は?何が?」
誰から見ても挙動不審な動きを見せながらも、一生懸命に言葉を探しているようだ。
更に問い詰めようとしたところで、ウェイトレスが注文を取りに来た。
「ゴールデンビッグマウンテンチョコパフェ」
「かしこまりました。以上でよろしいでしょうか」
私は小さく頷く。
この少しの間で、落ち着きを取り戻したのか、やっとまともな会話が出来るようになった。
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