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「ぬしは、わしが桜の木の精と言ったら、信じるかい」
私は無言で、老人を睨んだ。
馬鹿にしているのだろうか。
やっぱりぼけているのだろうか。
私の中の理性がそう告げている。
でも、少しだけ心の片隅で、信じてもいいかなって気持ちもあった。
信じるというか、そんな事もあってもいいのかな、位な気持ち。
私にも、夢見る少女な部分が残っているのかと、少し照れくさくなる。
「疑う心は、視界を奪うんじゃよ。特に心の目を、の」
何だか、その言葉に心奪われて、私は黙ってその言葉を聞いていた。
「ぬしは、心の片隅に、信じる心を失っておらん。わしが見えるという事が、その証拠じゃよ」
老人は、今度は両目を少し開いて、私を見据えた。
「いいかい。まずは信じる事じゃ。さすれば、見えてくるものもあろう。だがの、疑いから始めたら、正しい事を見失う」
そこまで言うと、再び目を閉じて、老人は桜の花に顔を向けた。
つられて私も一瞬、そちらを見た。
一瞬だったが、直ぐに視線を戻すと、何故かその老人はいなくなっていた。
視線の先には、風もないのにブランコだけが、寂しそうな音を立ててゆっくり揺れていた。
「信じなければ、見えない、か」
私は、その桜の花に小さく手を振ってから、トキの待つ家に戻る事にした。
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