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「降りて」
トキにそう言われる前に、私は既に車から降りていた。
急ぎ足でそこに駆け寄る。
三メートル程の細い木の下まで来て、それを見上げた。
そこには、ついさっき見たのと同じ、あの桜が、満開に近い状態で咲き誇っていた。
後ろでドアの閉まる音がして、その後トキの言葉が、優しい風に乗って響く。
「知ってる?これは十月桜と言って・・・・・・」
ー知ってるー
そう言いかけて、やめた。
きっと、これもトキのサプライズだから。
知らないという事にしておこうと思った。
「桜の花びらに祝福されながら、指輪を嵌めてもらうのが、夢って言ってた、よね」
そう言って、トキは、私の薬指に、それを通した。
「そんなこと、言ったっけ?」
私の言葉に、慌てふためいているトキがあの日と重なり、私も自然と笑みが浮かんだ。
その桜の木には、雑草を避けるように、見覚えのある杖が立て掛けてあった。
「ありがとう」
私は、心からそう言えた。
トキに。
そして・・・・・・
あの老人に。
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