「もう知らない」

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「何時だと思ってるのよ!」 「起きてたの、か」  土曜日の朝、私の夫である、高木時敬(たかぎときたか)は、玄関に入ったところで立ち尽くしている。 「麻美(あさみ)・・・・・・ごめん」 「ごめんじゃないわよ。なんなの、ここんとこずっとじゃない」  別に夜勤とか言うわけではない。  朝はしっかり七時に家を出て、始業時間は八時十五分。 「でも、朝帰りは、初めてで・・・・・・」 「当り前じゃない、そんなの」  思えば時敬(トキ)は、結婚した当初は、いつも十八時には帰ってきていた。  それが何故か、半年前から、急にお酒を飲んで帰ってくるようになった。  それでも、先週まではまだ良かったと言える。  どんなに遅くなっても、二時には帰ってきていたのだから。 「もう、今日、九月三十日が何の日か、分かってる?!」 「え・・・・・・あ、いやその」  男がいちいち、記念日を憶えていないなんて話は、よく耳にしていた。  でも、まさか今日の日を忘れるなんて・・・・・・ 「もう、知らない!」 「あ、麻美」  私は、昨夜の内から、少しばかりのおめかしをして、トキの帰りを待っていた。  零時を回ったら、日頃の感謝の気持ちを伝えよう。  ささやかでもいい。  外食なんてしなくてもいい。  二人だけの時間を、大事にしたいから、帰ってきたら笑顔で迎えよう。  そう思っていたのに。  もしかしたら、今日くらいは、明日のために、寄り道しないで帰ってきてくれるかな。  そう思っていたのに。  私は、テーブルの上のハンドバッグを乱暴に手に取ると、玄関で立ち尽くすトキを押しのけて、落ちかけた化粧もそのままに、外に飛び出した。
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