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「・・・・・・今年も咲いたのう」
突然背後から声がした。
私は驚いて、勢いよく体を捻った。
そこに立っていたのは、腰の曲がったお爺さんだった。
右手に杖を携え、雑草を避けるかのように地面を突いている。
齢八十歳といったところだろうか。
「あ、あの」
声を掛けたけど、私に構うことなく、ゆっくりと私の横を通り過ぎたその老人は、公園に植樹されている、大きな幹の桜の脇まで来ると立ち止まった。
その視線の先は、さっき私が見つけた、小さな白い花。
その花を愛おし気に見ている老人の横まで行って、私はもう一度声を掛けてみた。
「すいません。この花、ご存じなのですか?」
そう問うと、老人はゆっくりと私の方に顔を向けて、閉じたような細い目をしながら微笑んだ。
「これは、十月桜じゃよ」
「十月・・・桜?」
「冬が来る前に咲く桜じゃ」
その花は、春の陽気に包まれて、人生を謳歌するかのように咲き誇る桜とは違っていた。
秋の終わりに、誰かから愛でられる事なく、自己主張するでもなく、それでも美しいと感じずにはいられなかった。
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