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「……母さんに身体ん中掃除機かけられるのとどっこいどっこいだな」
そういえば先ほどあがった悲鳴は何だったのだろう。母はゴキブリでも悲鳴をあげることはなかったはず──? そう思いながら目線をあげてみて頬を引き攣らせる。
「子猫でもいっちょ前ってことか」
こちらに向かって開けられたドア。その下の方に、イネ科の草が生えたような細い爪痕がしっかりと刻まれていた。
*
その日から、ほぼ一日中閉まっていた僕の部屋のドアは開け放されるようになった。子猫は毎日気まぐれに、けれど必ず遊びに来る。
微かな風が、カーテンをそっと揺らす。
生活の音が、父と母が生きている音が聞こえる。
以前は部屋に入ろうとしなかった父が、僕の好物とつまみを持って酒を飲みに来るようになった。
病院嫌いなのか、頑なにベッドの下から出ない子猫を母が引っ張り出しにくる。
子猫は時間の流れを、何気ない世界をドアの向こうから連れてきたらしい。
温度なんて無いはずなのに、子猫はよく僕に寄り添って眠る。少し大きくなっただろうか。手を伸ばすとほんのり、毛の柔らかさと子猫の体温を透ける手が感じ取る。
僕が見る両親に未だ笑顔はない。けれど、確実に表情には活気が戻ってきていた。
「うちに来てくれてありがとう」
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