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今この街に義之たち一家は住んでいない。義之が大学に入るタイミングで、お父さんが転勤になって引越したのだ。
義之も、もっと大学に近い便利なところで一人暮らしをしている。
お兄さんの雅義くんは引越しの前にとっくに実家を出ていたから、この街にいるはずもない。
それなのに、近所の路地を向こうからやってくる人が、ここにいるはずのない人にとてもよく似ていて、私の足はその場に縫い止められた。
道の真ん中で呆然と突っ立って不審者になっている私に気がついたその男性は、そこで初めて私に目を向けた。
「もしかして……若葉?」
「ま、雅義くん……あ、か、帰ってたの?」
不自然にどもってしまった私の声。雅義くんは気にも留まらないみたいににっこり微笑んだ。
「うん。久しぶり。会うのは若葉が高校卒業して以来か。やっぱ大学入ると雰囲気変わるなー。綺麗になった」
「な、なに言ってんの。雅義くんはケーハクになったね。だ、誰にでもそんなこと言ってると巴ちゃんに振られるよ……」
褒め言葉の上手い返し方なんて知らない私はつい可愛くない反応をして、避けたい名前を自ら出してしまった。
やぶへびだ。薄情だろうけど、私は巴ちゃんの近況なんて知りたくない。雅義くんと続いていても別れていても、もやもやした気持ちになるのは分かっているからだ。
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