綺麗になんてなれない

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 逃げ出したいと切実に思ったが、背後に隠した右手で拳を握って堪えた。  一方的に奪われたファーストキスの現場を目撃した巴ちゃんは、私と義之が付き合っていると勘違いしている。話は当然巴ちゃんから雅義くんにも伝わっている。  義之はあのとおりだから誤解を解くことはなく、むしろ助長して、私は無意味な茶番にもう五年も付き合っている。  真っ直ぐな道を歩んで順当に幸せをつかもうとしている人に、嘘にまみれた言葉しか告げられない私はなんて汚れているんだろう。  私は声が震えないようにするのが精一杯だった。それでも、ここで不審に思われることだけはどうしても避けなければならなかった。 「まあ……もう家族みたいなもんだし、ね」 「そのまま本当の家族になるというのもいいぞ。若葉みたいな義妹ができるなら俺も大歓迎だ」 「……雅義くん、それ絶対、義之に言わないでね」 「ふ、若葉って意外と照れ屋だな」  私は弱々しく苦笑した。  それでかまわない。そういうふうに思い込んでいてほしい。  雅義くんも、巴ちゃんも、ほかの人も皆。  まさか、五年以上も前に三ヶ月だけ付き合っただけの巴ちゃんの存在が、義之の心の中に今も影を落としているなんて、知らなくていいんだ。     
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