This is not enough

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 生まれた時からあたしの世界にあったもの。インターネットと怪獣。それからワニのぬいぐるみ。この子はしょっちゅう名前が変わるんだけど、今はテトって呼んでる。あたしにはお母さんが二人居て、これは産んでくれたお母さんがくれたもの。だけどお母さんは死んじゃった。あたしが五歳の時に、怪獣に踏み潰された。それから十年、あたしはお母さんの親友だったレイちゃんの下で暮らしてた。レイちゃんはあたしの育てのお母さん。レイちゃんはあたしに色んなことを教えてくれた。その中であたしがあたしになる為に必要だったものは二つ。パソコンの使い方と、それから人の心の操り方。毎週末、レイちゃんを「教祖様」と呼んで救いを求めてくる人々に、レイちゃんはたった二言三言言葉を与えた。それだけでその人達は救われた気になって、その救いに何か形を与えて完全なものにしようと、頼んでもいないのに本やらアクセサリーやらを買わせてくれとねだり、レイちゃんが渋々それに応じて品を出すと一万円札の束を数えもせずに床に投げ付けて、ひったくるように品物を鞄に詰め込んで帰って行った。レイちゃんはだけど、あたしにだけは本当のことを教えてくれた。人は死ぬまで救われないんだから、あなたを救ってあげると言う人の言葉は、絶対に信じちゃダメよ。そんなことを平気で言うような奴は、詐欺師に決まってるんだから。レイちゃんは詐欺師だった。だけどあたしには、お母さんだった。  午前四時。世界はまだ暗い。コンクリートの瓦礫に囲まれた、破壊されたビルの跡地であたしは目を覚ました。枕代わりにしていたテトを引き寄せて、隣で眠る男の子を見る。寝てる場合じゃないでしょ、とあたしは心中に呟いて、だけど起こしはしない。今日で世界が終る。
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