This is not enough

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そして勝った。インターネットで拡散された動画のお蔭で、あたしは一瞬で有名になった。こんなもんか、なんて思う余裕はだけどなかった。誰だって、一生に十五分間は世界中の人々の視線を独り占めできる。あたしの時間が、その十五分で終らない保障なんてどこにもない。だからあたしは精一杯に喜んで見せて、世界に対して愛想を振り撒いた。ネットメディアを中心にいくつかインタビューも受けた。その中の一人に、黒木隆道も居た。メールで指定された神谷町のビルに向かった五ヶ月前には、あたしの隣にはまだレイちゃんが居た。エレベーターで五階に上がって左に進む。フロアの突き当りにある事務所の入口で受話器を取って名前を告げる。 「ようこそ、お待ちしていました。m.C.M.c.(マックエムシー)さんですね、担当の黒木です。本日はよろしくお願いします」  受話器を置いてから十秒と経たずに迎えに来た男はいかにも優男といった物腰柔らかな口調に黒縁のフレームの細い眼鏡を掛けていて、典型的な二〇二〇年代の二〇代男子といった風情だ。だけどあたしは、一目でその男が気に喰わなくなった。所謂「生理的に無理」というやつかと一瞬自分を疑ったけれど、生理的に無理だろうが論理的に無理だろうが無理なことには違いはないと気付いて考えるのをやめた。無駄な悩みに使う時間なんて今のあたしには一秒だってなかった。まるで極小のシリンダーに駆動されているかのように細かく震える表情筋の作り出す笑顔の精巧さは、自然過ぎるが故に不自然だった。限りなくリアルなフェイク。ラップは「喋り」とは違うから、ただ自然な喋りをトレースしてテンポを上げるだけではラップに聞こえない。フロウがなきゃ駄目。つまり一手間加える不自然さこそが、そこでは自然さの条件になっている。     
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