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第26話 大会前日
「いよいよ、明日だな・・・」
一郎は消防着にアイロンを掛けていた。今日は全員で機械器具点検を行い、ポンプ車や備品を磨いた。明日に備えて午後九時には終了し解散となった。
きれいに上下の服をたたみ、明日履くつもりの靴下もその上に乗せた。ヘルメットも磨いた。
由美と萌が写っている写真をたたんだ消防着の左胸ポケットにしまうと、溜まったはずの風呂の様子を見に立ち上がった。
西崎は自宅のパソコンの前に座っていた。付近で子供が大騒ぎしている声が聞こえる。
「よし、出来た! プリントアウトするからチビ共を近づけないで」
と妻の智子に言った。
「パパは夜な夜な何を作っていたの?」
智子はパソコンの前の西崎に近づくと画面を覗き込んだ。西崎より3歳年下の智子は30代には見えない若々しい妻だ。
「すごいだろ? 饅頭製作マニュアルだよ。あと包餡機の分解マニュアル。更に蒸し器操作マニュアル。全部俺がデジカメで写した画像つきだぜ」
と画面を操作し、その様子を智子に見せた。
「そんなの無くたって、パパが作っているんだから関係ないでしょ?」
「だって明日は俺いないじゃん。パートさん達がこれを見ながら饅頭を作るんだよ。この1週間で実演して覚えさせたんだけど、忘れたらヤバイでしょ?」
「なるほど。スゴイじゃん」
「スゴイだろ? でも明日はもっとスゴイ事になるぜ。下手したら優勝。そして俺は最優秀指揮者賞とれるかも!」
得意満面な顔の西崎に対し、疑うような目で見ながら智子は、
「五分団がそんなわけ無いでしょ」
と言った。
「まぁ、楽しみにしておけって」
と言い西崎は笑うと、
「あさっては皆で焼肉でも食べに行こうよ。俺がおごるから」
と付け足した。
「え~? もう優勝したつもりでいるの?」
と目を丸くする智子。
「違うよ。智子にもチビ共にも消防の事で迷惑を掛けたからさ」
「別に迷惑じゃなかったよ」
「いいんだよ。おごるって言ってんだから」
西崎は微笑んだ。
智子は口をアヒルのようにして微笑みながら、
「消防着、そこに掛けてあるからね」
ときれいにアイロンを掛けた消防着を指差した。ゼッケンの「指」の文字も、シワひとつなく輝いていた。
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