1人が本棚に入れています
本棚に追加
ミコトはあらゆる手を尽くした後に、神に最も近い大天使であり、彼女の師でもあるガブリエルの言葉を思い出した。"抗う事をやめ、ありのままに儘に受け入れる。そして深く考える事が、打開への一つの道である。"という言葉だ。ミコトは、さらなる打開の策を求め、恩師の教えを思い返した。
まず、夜に眠る前と朝に食事を取る前に歯を磨くという教えを遵守したミコトを、ガブリエルが大いに褒めた事を思い出した。ガブリエルはサラサラのストレートヘアだったミコトの髪が、チリチリの癖毛になるほど頭を撫でて褒めた。
次に、夜の0時以降にガブリエルの部屋の扉をノックせずに開けてはならないという教えを破ったミコトを、ガブリエルが強く咎めた事を思い出した。ガブリエルは太鼓の達人の、とりわけ難易度の高い楽曲に合わせてミコトの尻を両手でリズムよく叩いた。たまに尻以外の所も叩いた。
思い出すほど腹が立ってきたので、ミコトはやがて考える事をやめた。
するとどうだろうか。
ミコトの周りと包み込んでいた漆黒の夜空は瞬く間に太陽の光に照らされ、どこまでも澄んだ蒼天が広がったではないか。そして眼下には、この目で初めて生で見る人間界が現れた。
「ああ、これが"降臨"なのね―――」
神、あるいは天使が天界から人間界に下る事を"降臨"という。喘ぎ苦しむ人々に救いの手を差し伸べる神々しい姿。数千の年を数え、ようやく憧れの"降臨"を果たしたミコトであったが――残念な事に、翼をもたない彼女は大気圏を突破した隕石のような勢いで落下する他無かった。
その事を思い出した時にはすでに遅く、ミコトはとある建物の屋上へ急降下していた。そして見事なまでに直角に、頭からその建物に―――刺さった。まるで真っすぐに落としたナイフが地面に刺さるかのように、ミコトは頭からその建物に刺さった。冗談みたいにめくれた白のワンピースから露わになった両脚と、その付け根に添えられた絹のトライアングルを、スポットライトを当てるかの様に太陽が明るく照らす。天に向かってピンと伸ばされた足先が、小刻みに震えていた。
Hello world. welcome ミコト.
日本という国の、浜松という地名のとある学校――"天浜高等学校"の屋上。
彼女はそこに、9.80665 m/sという重力加速度を以って、この上なく物理的に降臨した。
最初のコメントを投稿しよう!