桜舞う頃

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   涙の揺らめく瞳のまま、地団駄を踏んで駄々を()ねそうな勢いで(にら)みつけられた。   「……龍、何度も言ってるでしょ。男同士では結婚はできないんだってば。しかも、おれとおまえは10も歳が離れてるんだよ? おまえが今のおれの歳になったとき、おれは27だ。あと少しで三十路になる男を相手にすることはないだろう?」 「それでも! それでもぼくは彰が好きだもん! 彰じゃなきゃ嫌だって、何回言ったら信じてくれるの?」  ついに、龍之介の大きな瞳から大粒の涙がぽろりと零れ落ちる。(せき)を切ったそれは、ひとつふたつとまろみを帯びた頬を滑るように流れて、足元の地面に水玉模様を描いていく。 ――ああ……また、泣かせてしまった……。  つきんと胸が痛んだ。降り注ぐ春の陽射しに(きら)めく水滴が、止めどなく流れ落ちていくのを見ながら、彰仁はかける言葉を探して途方に暮れる。  ついさっきまで──入学式を終えた帰りに約束していた近所の公園の桜の下で待ち合わせた龍之介は、一緒に帰ってきた両親にひらりと手を振ると駆け寄ってきて、嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら上機嫌で彰仁の目の前に立っていたというのに……。  自分の腰の高さほどしかない龍之介にあわせて、視線を合わせるために腰を落とししゃがみ込んだ。彰仁の(まと)う黒いパーカーの帽子がふわりと揺れる。  頬にかかった髪を手で押さえる彰仁の姿が、瞬きもせず零れ落ちる涙を拭うこともしない龍之介の栗色の瞳に映り込んだ。 ――こうして泣かれるのは何度目だろう……。  親戚の結婚式に出席した幼稚園の友達から、結婚は大好きなひととずっと一緒に居ることだと教えられた龍之介に、結婚しようと初めて言われたのは、幼稚園に入ったばかりの6月のことだった。    それからは、顔を合わせる度に思い出したように告げられて。その度に、今回と同じように優しく(さと)しながら断っていたのだけれど、物分かりが良いはずの龍之介が、この件に関しては(かたく)なに譲らず彰仁を困らせる。  そして……寄せられる好意が決して嫌ではないのが、彰仁の悩みの種でもあった。
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