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「捕まえたっ!」
花開くような笑顔は昔のまま、数年前に彰仁の背を越した龍之介があの頃のように無邪気な声を弾ませた。言葉と同時に、ぎゅっと程よく厚みのある胸板に顔を押し付けられるように抱きしめられて、こいつまた背が伸びたな、なんて関係ないことが彰仁の頭を過る。
龍之介が小学校に入学したあの日の約束通り、定時で仕事を終えた彰仁が満開の桜の木の下に着いたのは、太陽がすっかり地平線の下に沈んで濃藍の空に蜂蜜色の月が浮かぶ頃だった。
月明かりの下に佇む龍之介は、ざっくりとしたオフホワイトのニットのセーターにジーンズというラフな格好にも拘らず、ファッション誌の1ページを見ているような気分にさせられる。
日本人の標準的な身長に、いくら鍛えても筋肉のつかなかった細身の彰仁は、どこか中性的な雰囲気のまま、いつまで経ってもスーツに着られている感じがするのに。
約束の日が近づくにつれて、カレンダーにつけた印を見るのが不安で辛くなっていた彰仁のもとに、平日だから待ち合わせは夜にしようと龍之介から連絡が来たのは昨日の晩のことだった。
あの日から一切口にすることのなかった約束を龍之介も覚えていたのかと思えば、不安に圧し潰されそうになっていた彰仁の胸を、甘い喜びが埋め尽くしていく。
浮きたつ気持ちが表れてしまわないように、平常心を装って了承のメールを返すのが精いっぱいだった。
記憶の中よりも更に大きく枝を広げる満開の桜の下で同じように抱き締められる。あのときと違うのは、その胸の中にすっぽりと包み込まれていることだけで、少し高い体温も僅かに速い鼓動も変わらなかった。
「彰、俺はずっと変わらず彰が好きだよ。観念して俺のものになって」
大人びた甘く低い声に胸がいっぱいになる。10歳も年下の同性に想いを寄せていることに気づいたのはいつのことだっただろう。
少なくとも、あの幼いプロポーズに絆されたのではないことだけは確かだった。そんな自分の想いに彰仁が悩まなかったわけではない。
ただ、この12年間、一度も他の人間に同じ想いを感じることがなかったから、想いを手放すことを諦めて審判の日を待つことにしたのだ。
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