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男女問わずひとに囲まれる龍之介の姿が視界に入る度に、ちくりと痛む胸中を微笑みの陰にひた隠しにして近所のお兄ちゃんを演じ続けてきた。
もしも、龍之介に本当に想う相手ができたときに、笑顔で祝福できるように。
幼いころの約束に、縛られて欲しくはなかったから。
「――……き……彰……彰仁!」
触れる胸の奥から直接響く声に、思考の海を漂っていた彰仁の意識が現実に引き戻される。
抱きしめられたまま、腕の囲いの中で顔を上げれば、どこか憮然とした表情の龍之介と視線が絡み合った。
「さっきから呼んでるのに、なに考え込んでるのさ」
すっかり大人びてスッキリした頬のラインを膨らませて睨む龍之介の顔に、涙をいっぱいに溜めた瞳で睨みつけてきた幼い頃の面影が重なる。彰仁の口元に柔らかな笑みが浮かんだ。
「ちょっと! なんで笑うんだよ!」
「いや、変わらないなと思って」
見上げた龍之介の顔の向こうにパンケーキのような丸い月が見える。あのときと同じ満開の花の毬が、月の影のように春風に揺れて仄かな芳香を漂わせた。
「子ども扱いしないでよね」
怒ったようなその言葉が子どもじみているとは思わないのだろうかと思いつつ、花冷えの夜気に肌寒さを感じた躰を無言のまま擦りよせる。
そんな彰仁の躰をさらにきつく抱き寄せた龍之介が、青みを帯びた艶やかな黒髪に頬を埋めた。
「子ども扱いなんてしてないよ。ただ……」
「ただ?」
「龍はモテるのに、本当にこんな10も離れた、おれみたいなおじさんで良いのかなって思って……」
頬に触れる柔らかなニットから感じる人肌の温かさにほぅっと息を吐きながら呟く彰仁の肩を掴んで、躰を離した龍之介と視線が交わる。
その強い視線に気圧されたように彰仁が口を噤んだ。
「俺の気持ちはあの日から変わってないって言っただろ。それを疑うのは彰でも許さない。どれだけモテたって、俺が好きなのは彰だから。他は要らないよ」
真っ直ぐに射貫く視線の強さが、彰仁に歓喜を齎す。
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