【What are people thinking】

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会社までは徒歩十分程度。桂井の働いている会社の社員はおおむねこの駅で乗り降りする。会社までの道程もほぼ駅沿いの大通り一本道ですむ。その間に会社の同僚と出会い相手が喋りかけてきたら桂井は対応するが、桂井の方が一方的に気付いた場合はわざわざ話しかけたりはしない。朝の挨拶は出社の際のみ。仕事が始まる前にいちいち仕事場の人間とコミュニケーションを取るのは桂井にとって煩わしい事だった。 だが、数メートル先に同じ会社、同じ課で働いている鳥越紀雄(とりごえのりお)を見かけた。紺色のスーツしか着ないという、特に理由のないポリシーを持った、肩幅のある鳥越が着こなすその見飽きた紺色のビジネススーツは、桂井の目に特徴的に映りすぐに鳥越本人と確認できた。短い歩幅でやたらと足早になっている癖も含めて。 あの後ろ姿は鳥越だよな。 鳥越と桂井は同期入社にして、時折昼飯も食べる平社員クラス仲間。特に懇意というわけではないが、気軽に声をかけられる間柄。とはいえ普段の桂井は出勤前に誰か知り合いを見つけても、道端で挨拶をしようとはしない。むしろ自分が後方にいるならば歩速を下げて、相手との距離を広げるぐらいだし、上手いこと歩道で人込みがあったらその中に紛れて隠れるぐらい接触を避ける。 だが、今日は左手首にMRが巻かれている。不意にその性能を試したくなる衝動に押される。習慣化していた出勤行動様式の禁を破ってでも! と大袈裟に思ったほどではないが。 ちょっと試してみるか?     
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