【What are people thinking】

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果たして桂井がその誘惑に乗るか乗らないかは今後分からない。 兎にも角にも、そんな人間観察をしている内に、朝礼の時間がやってきた。結局、朝の出社時の間ではMRを使う候補者は決まらず、桂井は手持ち無沙汰になってしまった。皆が起立し上司の朝のいつもの伝達を桂井は聞きながら、チラリチラリと遠目から仁科の横顔を盗み見する。MRを使用したい欲に駆られる。しかし、何とか強く握り拳を作り再決意する。仁科さんのような天真爛漫な女性に、やはりMRを試してはいけない、と。桂井の胸中、仁科亜紗美の偶像化への昇華は進む一方であった。 馴染みの朝礼も終わり、三々五々、社員たちが着席する中、桂井の部署のリーダーの菅谷修平(すがやしゅうへい)が桂井の元へやって来た。桂井は軽く会釈し挨拶をしたが、菅谷はどうにも渋い表情をしている。菅谷は大袈裟に溜息を漏らすと、時代遅れのC調風の喋りで、 「いやあ、まいったよ、桂井ちゃん」  桂井とは歳もそう離れていない上役の顔には、三十代前半には見られない老けた感のある徒労をあからさまに見せていた。 「どうしたんですか、菅谷さん?」 「あのさ、工藤テクノクラートの工藤(くどう)社長は知ってるよね」     
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