【What are people thinking】

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夕食後、おおよそセールスするには不適合な時間。にも関わらず、通常の民間人ならばその時点で逆に胡散臭さを覚え、間髪入れず家の扉を閉めてしまうはずなのだが、あまりにも桂井の心象のタイミングがそのセールスマンの長台詞の口上に、共鳴および同期しすぎた。普段の桂井なら多くの人と同じくセールスお断りのスタンスでの対応をしていたが、この時だけは桂井はどうにも運命的、否、蓋然性すら感じ、 「どうぞ」  と一言を添えて何ら疑う気色も見せず、すんなりとそのセールスマンを部屋に入れたのだった。紺のスーツに身を通し、手には黒のアタッシュ・ケースを持つ、いかにもビジネス・パーソン然としたセールスマン。痩身ではあるが肩幅のあるその体躯には背広が相応しく、見た目は二十五歳の自分と大差はないであろう彼に対して、桂井はヤリ手営業マン的な印象を抱いた。  セールスマンは玄関で一旦直立不動になり、1LDKの桂井の部屋を見渡し、 「良いお部屋ですね」  とアシンメトリーがかった頭髪を一撫でしつつ一言添えた後、桂井に促されるままフローリングの床に敷かれたジャガード織のカーペットの上に下足して足裏を置いた。 「いえ、男やもめのむさ苦しい部屋ですよ」  桂井は取り留めのない会話をしつつ、セールスマンを座椅子にかけさせ、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り、湯飲みに注いで彼に差し出した。セールスマンは一度恐縮した態度をとると、桂井からお茶を受け取り、冷茶にも関わらず、熱いものにでも触れるかのように、慎重に両手を湯飲みに携えて、それを口に含んだ。     
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