【What are people thinking】

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 名刺には田中(たなか)一郎(いちろう)と氏名が書かれ、その上には有限会社デッドゾーンと社名が一筆。厳密に言うと、有限会社の有限の部分は二重の斜線が施され、株式と赤ボールペンで書き直されている。またその名刺には、それ以外に役職や会社の住所や電話番号は記されていなかった。名刺に書き込まれている情報は氏名と社名のみ。訝しげにそれを受け取る桂井。そんな桂井の態度を他所に、セールスマンの田中は素早く行動し、所持していたアタッシュ・ケースを開けて、腕時計のような物を取り出した。 「こちらです、あなたにご推薦したい商品は」  田中は含み笑いがち、桂井の目下にそれを置いた。 「これは?」 「まだ開発されたばかりの新製品なので、正式名称は決まってないんですが、読心の英訳がマインド・リーディングですので、アルファベットのイニシャルを取って、単純にMRと仮名称で呼んでいるモノでございます」 「MR……これが、その、さっき言っていた人の心を覗くっていうアイテムですか?」 「はい。どうぞよかったら手にお取りになって下さい」  心許ない表情でMRと命名されている、ほぼ腕時計と同型のそれを手に持った桂井。腕時計と違うのは時計盤の部分が、心電図や心拍数を計るベッドサイド・モニターに映る波長のような動きがある液晶画面になっている事だった。実際、一見すると脈拍やら血圧やらを簡易的に測定する装置だと連想してしまう。 覚束ない気色を長いこと顕にしている桂井を察してか、田中は一つ咳き込み、     
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