第1話 蝕

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息が苦しかった。 けれど逃げるように押し開けた白亜のドアの向こうに待っていたのは、更にむせ返るような真夏の猛暑と激しい蝉の声だった。 冷房で冷やされた肌が一気に弛緩し、不快感に鳥肌が立つ。 一瞬めまいを覚えたが、手すりを掴んで息をつき、春樹はクリニックの短い階段を駆け降りた。 やはり来るんじゃなかった。 目のくらむ陽射しの中を歩きながら、春樹は小さく頭を振った。脳内に刻んでしまったものを、一心に振り払う。 自宅アパートからさほど離れていないこの内科クリニックは、通学中に何度も見て知ってはいたが、自分には無縁な場所だと思っていた。 医療機関は意識的に避けていた、と言った方が良いかもしれない。 治療中はどうしても、医師や看護師の肌に触れてしまう事になる。心を読んでしまうという罪悪感は、耐え難かった。
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