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「柿がたくさんですねぇ」
「うむ。そのうち管理人さんが持ってきてくれるだろう。熟し柿にして食うんだ。口の中に至福が訪れて陶然とするぞ」
秋風が「月舟荘」敷地内に生えた柿の木から葉をさらってゆく。トモヨセは窓を開けると、鳥が柿の実をつつくを見ていた。時間がないと、このところ何を見ていても焦燥ばかりが募る。いい加減、親への言い訳の文言も尽きてきた。虚言の中の自分は目下就職活動の真っ最中らしいが、自分はさて、今日とて毎日が三千円だ。書いて書いて、食っている。仕送りはタンス貯金ならぬ押入れ貯金で、結構な額に達している。
どうする。全てをうちあけ、文筆で食っていると言えばいいのか。何処で読める、本を送れ、そう言われたらどうする? わからないな。
「トモヨセさぁん。お腹空いたよーぅ」
「あぁ、今日の分をやっつけてしまおうか」
「フレーフレー」
「うるさい」
「初詣?」
「あぁ、一日ならこの時間も人がいたろうが、もう三日だ、大丈夫だろう」
「うわぁ、二人でお出かけなんて、初めてじゃないですかぁ」
「そうだな。行くぞ」
「うわぁい。ちょっと、管理人さんに自慢したぁい」
「馬鹿者、四時だぞ。さすがの管理人さんとて、夢の中だ」
「そうかぁ、ちぇ」
トモヨセは五円玉を二枚、賽銭箱に放った。鈴を鳴らし、二礼、二拍。隣で妖怪もしゃちほこばって真似をする。神様にお参りなんて言われては、背筋がカチコチになってしまう。手を合わせ長く長く、願うトモヨセに、倣って一緒に。二人の時間だけが切り離されたように静止する。
「お前は何を願っていたのだ」
帰り道、缶コーヒーを分け合いながら、トモヨセが訊ねる。
「お前なんてぇ、みんなみたいにトモヨセさんも、ショウちゃんって呼べばいいのにぃ」
「Qちゃんとなら呼ぶ、管理人さんの感覚はおかしいよ。お化けならオバキュー、ここまではいいとして、なぜお前のことをショウちゃんと呼ぶ? それは私の呼び名ではないか」
「しりませんよう。でもね、ショウちゃんって、呼ばれると、うーれしいようぅ」
月と星とが、二人を照らす。
「私は、物書きに、なりたかったな」
ぼそりと漏らしたトモヨセの諦念が、妖怪の体毛を貫いて、心を震わせた。
「私は、そぉろそろ、帰りたいよぉう」
ぽそりと呟いた妖怪の願望が、トモヨセの肌を刺して、心に響いた。
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