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2.夢と現実
「月舟荘」に季節が巡る。
「まぁた、第三小学校の子たちですねぇ」
「ああ、梅雨時はこうなんだ」
「月舟荘」には門がない。路地のあっちとこっちを時間にしてどれだけもないのに、北棟南棟の間通路を、無関係者が抜けていく。
雨が降ると小学生たちの遊び場となって、水筒の中の氷がカラコロいったり、ビックリマンシールがどうしたこうしたと元気にやかましい。
「子供らシールが欲しんだねぇ。お菓子、飽きちゃったって。美味しかったよぉう」
「またお前は、やたらに表に出るなと言っているだろう。人心を惑わすでない」
「うっふっふう。私結構人気よぉう」
「妖怪など珍しいからな。もっといれば珍しくもない」
「トモヨセさんたら、口わるぅい」
「あーあぁ、いいなぁ。夏は窓が開いて、昼も夜も押谷さん親子の声が聞こえて、ほのぼのしますねぇ」
「私がここがどんなにやかましくても、かび臭くても出ていかない理由だ」
105号室の斜め向かい、102号室の押谷さん母子は「月舟荘」に咲く親子のチューリップだと、管理人の三島婆さんは言う。
トモヨセは勝手に心のオアシスと呼ぶ。
「おさちこさん、ちょっと空豆剥くの手伝ってちょうだいな」
「いやー。サザエさん見てまーす」
「見ながらでいいから」
「いやー、片手間になんて見れませーん。集中してるの、サザエさんに」
「そんなこと言ってると、やり投げの審判させるわよ」
「いやー、やり投げの審判だけは、いやー」
「はい、空豆、よろしくね」
「はぁい。もー、皮の堅いお豆めー」
押谷さん母子のこんな幸せな会話の音色が、殺風景なトモヨセの心にオアシスとなって満ちる。
「サザエさん、見たいよう」
「テレビなんぞ見てると、物は書けんのだ。そんなに見たければ管理人さんのところへゆけばどうだ」
「今日はちょっとぉう、管理人さんと将棋のまったをめぐって、やっちょこめっちょこでぇ、行きにくいのぉう」
「早いところ仲直りしてしまえよ」
「はぁい」
「月舟荘」に季節が、原稿を食べて千円札を吐く妖怪を含めて、巡る。
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