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「水餃子をね、一家総出で何百個も作ったんですってよ。晩御飯それだけなんですってよう。口の中ショッパショッパになるねって言ったら、そしたらあんたは原稿ばっかりで口の中インクインクだろうってよう。おっかしいねぇ」
トモヨセはこたつ机に向かって原稿を書いていた。妖怪は押入れに背中をもたせかけて、トモヨセに言葉をかけ続ける。
しかし、トモヨセは返事をしない。もう、トモヨセには時間が残されていなかった。この原稿を食べて三千円吐く妖怪との生活も、そろそろ一年。私には選択が迫られている。トモヨセは覚悟を決めた。
「あれは、売れるかな?」
と、閉じた窓にすぐに跳ね返って自分に言った。
「売れるでしょうねぇ」
なのに、アイツはやっぱり全てを理解している。
「本になるかな?」
「なるでしょうねぇ。日本沈没より売れるでしょうねぇ。ちょっと短いですけどね。でも、確実に人気作品になるでしょうねぇ。日本一のねぇ。なんせ、夢の欠片の塊ですからねぇ」
「知っていたのか?」
「押入れに隠してましたぁね。早くに気付いてましたぁ。でもね、トモヨセさんから言ってくれるまで、待ってたよおぅ」
あの日トモヨセが落雷に撃たれながら狂って書いた原稿。夢の石を削って生まれた小説。トモヨセにとってそれは、最後の望みであり、命綱だった。しかし、一年、書いて生活をして、トモヨセは何かの底に落ち切ったのかもしれない。
勢いよくこたつから抜け出すと、トモヨセは妖怪を突き飛ばし押入れを開け、原稿を取り出した。涙が数滴、原稿の一枚目に落下した。
「今日はこれを食べるといい」
「トモヨセさん」
「何も、何も言わないでくれ。何も言わずに、食べてくれ。いつものようにむしゃむしゃと」
「トモヨセさん」
「頼む」
トモヨセはそれだけ搾り出すように言うと、布団を被ってまるまった。嗚咽が布団から漏れ聞こえてくる。
むしゃむしゃ。
むしゃむしゃ。
うう、ううう。ううう、うううう。
むしゃむしゃ、ベロリ。
うう、うううう、うううううう。
むしゃむしゃ。
ううう。ううっう、うう。
むしゃむしゃ、ベロリ。
原稿を食べる音と、トモヨセの泣く声が、「月舟荘」105号室に響いていた。
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