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「月舟荘」に朝がくる。
小鳥の鳴く声が朝日に混じって、バタバタとランドセルが跳ねる。
「朝、ですよう、トモヨセさん」
トモヨセは泣いたまま寝てしまった。夢の石を腹に回収した妖怪はそれでも寂しそうな顔でトモヨセが眠る布団のゆるやかな上下運動を朝まで見ていた。
「朝、か」
トモヨセがモゾモゾと這い出てくる。
「すまなかったな。格好の悪いところを見せてしまった」
「いいんですよ。トモヨセさん。ありがとうね」
「なんだ」
「帰ります。管理人さんには挨拶してきました。餞別だって、髪留めくれたよ。亀の甲羅のなんですってよぅ」
「あぁ、鼈甲だ、いいものだぞ。大事にしてやれ」
「うん、綺麗ですもんねぇ。ほら」
と、妖怪は短い尻尾の先を見せる。
「似合うよ」
トモヨセは短く言った。
「トモヨセさん。これから、どうする?」
「何、どうとでもなるさ。この一年。いい夢を見ていた」
「うう、泣かせないでくぅださい」
「一年、待ってくれて感謝する。お陰で諦めがついた」
「トモヨセさん」
「あれだ、お前の代わりを探すさ」
「ん?」
「毎日の三千円だ。それだけのことだ。生きるということだ。私には、夢の石の力を借りずして、傑作小説を書く力がなかった。それだけだ。いや、そのうちに書けると思っていたのだ。お前に食わせるに惜しいものが、しかし、ついに、無理だったからな」
「トモヨセさん」
「そればかりだな」
「美味しかったよ、トモヨセさんの書いた原稿」
「ふん、インクの味が好みなんだろう。しかし、なんでお前は千円札を吐くのだ」
「夢のお代じゃないですかね、それとも、居候のお家賃、食事代込みでぇ」
「私は夢を書くことができなかったよ」
「そんなことは、ないと思います」
「いいんだ」
「トモヨセさん」
「夢は終わった。目が醒めたら、現実だよ。お前」
「最後に、ショウちゃんって呼んで欲しいよう」
「断る」
「月舟荘」105号室を、一匹の妖怪が出ていく。
二人の奇妙な共同生活は、一人の男の夢の終わりと共に、幕を閉じた。
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