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墨田の桜は江戸彼岸堤防の決壊を防ぐ、その目的の悲願と掛けてわざと見事に完成された桜が、運び込まれた。ぼんやり考え事をしながら、噂の廃屋の前を草介が通りすぎようとする。ちらほらと紙吹雪?
「あっ鉄ちゃんごめんごめん!今お仕事の練習していたんだ。近江屋のお父さんには内緒だよ?」
白壁の上から掛かる声が、どうやら自分に向けたものだとは思ったが?聞き覚えの無い声の主に、何だか誰か他人と勘違いしているのではないか?そう思って顔を上げた。しかし、相手の勘違いに拍車がかかったみたいで、草介にちょっとした悪戯な興味が湧いて来る。自分と同じ顔の鉄ちゃんがこのやり取りを観察しているなどとは、夢にもおもわなかった。
「何で、近江屋のお父さんに見つかったら駄目だったんだい?お芝居が嫌いでも、近江屋さんは君の事をむやみに叱ったりしないお人だよ?危ないから座って話を教えてくれないかな?」
鉄庵事鉄ちゃんは、出て来るきっかけを失って困った。紙吹雪の少年、三吉の知能がだいぶ遅れている話を今、近江屋さんに聴いたばかりだったから。近江屋さんは人を呼びに反対方向へ…今飛び出しては?三吉が塀から転げてケガをしかねない。
「嘘だい!だって親方は近江屋さんに叱られて、お役人に捕まったって教えられたぞ!」
この時点で、草介にも三吉の知能がだいぶ遅れている事はわかった。三吉、登ったは良いがたぶん一人では降りて来れないのだろう?落ち着かせて座らせる。この作業を手際よく進めて行く、三吉を無事に背負って塀から降ろした所で、青くなって駆けつけた近江屋に遭遇
「鉄と言う方と私はそんなに似ているんですか?」
上総屋に奉公する前の記憶が草介には、あまり無いからだった。三吉が無事だった安堵でいっぱいの近江屋さんには、草介の異様な関心に付き合う余裕は余り無い其所に
「似ているなんてもんじゃありませんよ!気味が悪いくらいで……。」
ずけずけと話に割って入ったのが、評判の悪い岡っ引きだった。非力な上に弱腰は皆が認めている筈の近江屋さんが帰れと言わんばかりに豹変する。
「役者なら、いくらでも似せられるでしょう!」
鉄がお役人を呼ぶ時間を見事に稼いでくれた。
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