堤防

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堤防

堤防の桜は踏ませる為にある 時は八代将軍吉宗 墨田川の氾濫対策で、堤防を強固な物とする為、さまざまな工夫が施された。 桜の移植は、その工事の要 江戸は八百八町、百万都市の庶民が娯楽の為に堤防に来れば… 「この堤防の桜は、踏ませる為に在るんだよ…。」 花見で堤防が賑わえば、自ずと地面が踏み固められる。草介は、独り言のように呟いた。 「それって草介さんが上総屋の番頭を辞めた事と関係するの?草介さん本当はさ…いや、これって俺の勝手な考えだよな?」 銀はその独り言を聞き逃せず。青葉繁る土手のゴミ拾いに草介を誘ったのだった。本当に番頭を辞めるつもりだったのだろか? 「どーせ辞めるのなら、戻って欲しいと言われて辞めるのが、華なんじゃないかと思っただけだよ…。」 草介は少し笑ってそう応えると、土手に腰を落とす。 「それに…上総屋が壊れて行くのを私も見たくなかった…。」 友が心血を注いだ店だった。銀が自然と横に並んでる。 「結局上総屋さんさあ、何であの廃屋を手に入れようとしたのか、教えてくれないままだったんだよね?」 銀に親の記憶は無い、それどころか記憶喪失で十五で見つかった以前の記憶が銀の頭から略無くなっていた。草介の笑いは、自然と哀しく苦いものとなる。寝泊まりする事が出来れば、銀は何処でも良かった。 「あの廃屋、お父さんは知らなかったよ?おっかさんとは関係無いのかな?何だか懐かしかったけど…さっぱり思いだせねーや。やっぱりこのままじゃいけないよね?」 廃墟となった理由は徘徊する老婦人に聞いても、無駄な事、ご婦人は自宅に火を着けたことさえ覚えていない草介はそう思っていた。草介はもう上総屋の番頭草介ではなかった。草介にもう上総屋を守る義務は存在しない。しかし草介がある種の喪失感を抱えているみたいな事を銀は知っている。だからその理由をどうしても知りたかった。あの廃屋は草介さんとどんな関係があるのかな?なんて思いが銀の頭から離れずにある。廃屋と関係があるのは、草介と銀は思い込んでいた。草介の元主、亡くなった先代上総屋さんは持ち主がわからず廃屋となった武家屋敷を手に入れて居た。 「ああ、捜したんだよ!やっぱり此処に居た!銀やっと上総屋さんがあそこを買った理由がやっとわかったんだ!」 近江屋の頼りない若旦那、颯太が酸欠のまま隣に…転がり込む。
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