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いつかの出来事
猫派か犬派かと聞かれると、犬派だった――――
春の訪れを感じながらもまだ夜は肌寒かった。アスファルトに跳ね返る雨で、汚れる礼服の裾を気にしながら歩く東堂司は、一回忌の帰りだった。
母親を亡くした後の生活は、司の職歴と同じ年数だ。入社式の朝、愛犬のコロを抱いたまま「行ってらっしゃい」という母親と最後に交わした言葉を思い出していた。
昼休みに突然スマホが鳴り、驚愕する。上司に事情を話し病院へ駆けつけたが、母親は帰らぬ人になっていた。父親から聞いた話しでは、コロを散歩している途中に、暴走した車に跳ねられ、共に即死だったらしい。
楽しく暖かな家族は、一気に冷え切ってしまった。悄然とした父親が一人で暮らす事は心もとなかったが、これ以上思い出の詰まった実家で暮らす事に耐え切れなかった司は、逃げるように実家を離れた――
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