いつかの出来事

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 傘を打ち付ける雨音が大きくなった。ふと目を車道へ向けると白いレジ袋のような物が真ん中に落ちていた。一台の車が〝レジ袋〟を避けて走り去った。「何だろう」立ち止り目を凝らしてよく見ると〝レジ袋〟はフラフラと動き出し、倒れた。 「ミ......ミ......」  雨音に掻き消されそうになりながら聞こえる、それは〝レジ袋〟では無く、一匹の猫だった。周りを見ると幸い車のライトはまだ見えない。場所を動かなければ後続車にひかれて死んでしまう。 「おい、そんな所にいたら死んじまうぞ、早く逃げな」  動物に対して話しかけてしまうのは、コロの時からの癖だろう、そう思いながら猫を見ていると、ガラス玉のような目が「助けて」と言っているように見えた。 「歩けないのか、お前......」 「......ミ......」  苦しそうに息をする猫。次第に小さくなる声、その姿を、コロの最後と重ねてしまう。  傘を捨て司は車道へ出ると猫に駆け寄った。自力で立ち上がる事が出来ずに下顎がズレている、鼻や口から血が流れていたが、目はまだ輝いていた。  ヘッドライトの明かりが背中を照らす、礼服のジャケットでそっと猫を包むと歩道へ走った。大きなクラクションと共に(わだち)に溜まった雨水を浴びる。  全身ずぶ濡れになったが、腕の中のこいつを助けてやる事で、最後の姿を見てやれなかったコロへの償いが出来ると思った。  病院は? スマホで調べた。近くにある動物病院全てに電話をするが、繋がる病院は一件も無かった。検索範囲を広げると、少し離れた所に夜間もやっている病院があった。タクシーに乗ろうにも、こんな格好じゃとうてい乗せてもらえないだろう、ましてや血塗れの猫も一緒となれば走れば尚更だ。  最後に息が切れるほど走ったのはいつだろう。腕の中で弱っていく小さな命を励ましながら司は走った――
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加