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俺と父は、母の方に視線を向ける。
「大丈夫よ。好きに生きなさい」と、母は微笑む。
「幸子、お前……息子の人生なんだぞ? もっと真剣に……」
「真剣よ。真剣も真剣、大真面目よ。裕太が自分で考えて、真剣に考え抜いた答えでしょ。親だったら応援するべきじゃない?」
軽やかな笑顔で父に言葉を投げかける母。
「母さん……」
俺はどこかで聞いた言葉にどきどきした。
「裕太。お母さんね、昔絵本作家になりたかったの。でもね、結局食べていけるかわからないから、って就職することになったのよねー。それ、本当に後悔してるの。別に就職して、この人と結婚して、裕太も生まれて……それはとても幸せ。だけど、やっぱり失敗してでも挑戦すればよかったなーって思うのよ」
そんな話、初めて聞いた。でも、昔から母はお話を作るのがうまかった。眠れないときに話してくれるお話は母のオリジナルの物も多かったと思う。
そして、記憶がよみがえる。小さいころ、雷が怖くて眠れなかった夜。雷が光るたびに震える俺に、「ゆーくん、泣かないで! コッコちゃんがいるから安心したまえ!」と、キツネの影絵で俺をあやしてくれたことを思い出した。
「失敗してもいいわよ」と、母は笑う。
「幸子……」
父は何だか恥ずかしそうにして母を見る。
「母さん……ありがとう」
一瞬、コッコと呼びそうになった。それを知ってか知らずか、母は首をかしげて笑う。
「幸せでいられるならそれでいいじゃない」
俺は何だか照れ臭い気持ちになって、母のいれたコーヒーをぐいっと飲んだ。今日のコーヒーは苦みが効いている。やはり、昔から母のいれたコーヒーには味のばらつきがあるなと思うと何だか笑えてしまった。
「先生。原田先生!」と、編集者から呼ばれる。
曲がりなりにも、どうにか俺はカメラマンとして生きている。初めて人目に止まったのはコッコと俺のツーショットの写真。そこからは風景や、人の写真などを撮りながら、たまに個展を開いたり写真集を出したりしていた。
「この前の写真集、上々の評判ですよ! このまま増版もありそうです!」
何とも嬉しいことだなと思う。コッコがいなければきっと今の俺はいなくて、何となく生きるだけの人生だっただろう。
そして、記念の十周年で出した写真集はまずまずの高評価だ。
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