第1章 

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 女は視線を移動させ、群がった民衆を見回した。武器を構えたままで、距離を保ったまま襲いかかってこようともしない。こちらの出方を窺っているのか、恐怖で動けないのか。 (その気はなかったが、期待に応えてやろうか)  女はゆっくりと右手を掲げる。民衆の顔色が変わり、緊張が走ったのがわかる。女はその顕著な反応にニタリと口角を上げた。  さて、怖がらせてやろうか、と思ったとき。  視界の端に、妙な動きをする男を捕らえた。  重心を落としているにもかかわらず、武器を持っていない。素手で戦うにはいささか痩身であるし、女から隠れようという意思も感じない。何よりニヤニヤと笑う藍色の目は、どう見ても女の首を狙っているようには見えなかった。 (……なるほど、掏摸(すり)か)  女は彼の手元を見て、感心からため息をついた。黒魔法使いが出た、といえば混乱した民衆が集まる。その混乱に乗じて金を稼ごうというのだから、よほど肝が据わっている。  そして、女はなんだか気が抜けて、掲げた右手を下ろした。民衆の緊張がわずかにほぐれる。 「……おい」  女が声を上げると、再び民衆の目つきが変わる。敵を前にして緊張したりしなかったり、忙しい奴らだ。 「そこの掏摸男は放っておいていいのか?」
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